日本の名経営者盛田昭夫

ソニーの創業者盛田昭夫

日本には何人もの名経営者がいますが、その中でも日本のメーカーを世界的に有名にし、ブランドにまで押し上げた功労者の一人として、ソニーの創業者盛田昭夫が挙げられます。
盛田昭夫はもともとは実家の酒造会社の跡取りとして、会社経営を行なってきた人でしたが、その地位に甘んじることなく全く別分野である電子工学での創業を目指しました。
ソニーと言えば現在では、音楽関連の製品が有名になっていますが、もともとは電気炊飯器を作ったことが最初でした。
ソニーの前身である「東京通信工業」では、のちにポータブルタイプのトランジスタラジオを制作し、プレイステーションを作り上げたことで世界的に「ソニー」の名前を広く知らしめることになります。
携帯用音楽プレーヤーである「ウォークマン」はその製品の革新性から、そのあと持ち運び式の音楽プレーヤーを全て「ウォークマン」と呼ばせてしまうほどの大ヒット商品にもなったのです。

始まりはラジオから

日本において最初にソニーの名前が知られるようになったのは、アメリカから輸入されたトランジスタラジオを国内で制作するようになったことによります。
1953年に盛田昭夫はアメリカに渡りライセンスを譲渡してもらう交渉を行いました。
その後東京通信工業内において熱心に研究を続け、日本発のトランジスタラジオである「TR-55」が完成しました。
やがて1957年には後継機である「TR-63」ができると、輸出用ラジオとして広く世界中に普及をしていくことになります。
東京通信工業のトランジスタラジオの成功は、小型化されたボディと粘り強い営業努力とによって生み出されたものでした。
このときから、海外での事業展開を意識し「ソニー」として社名が変更されました。

いち早く海外へ

やがてソニーからポケットラジオやビデオレコーダーが販売されるようになると、アメリカでの市場を強く意識するようになり、盛田昭夫は家族とともにアメリカに移住し、アメリカ国内に経営の拠点を移します。
当時の日本では比較的古い伝統に縛られ、保護主義的な経営をする企業が多かったので、輸出を意識したとはいえ盛田昭夫がとった移住という方法は当時かなり周囲に驚きを与えました。
ソニーはその後ウォークマンなどの販売によって1兆円企業にまで成長します。
盛田昭夫は1993年に健康上の理由でソニーを去るまで、精力的に経営やプライベートでの活動に注いでいたと言われています。
1999年に亡くなりましたが、生涯に渡ってエネルギッシュな活力を振りまいていた経営者だといいます。